この1年を振り返って改めて考える「引き際」

twitterの140文字×αではおさまらず、mixiで筆をしたためようか
とも思いましたが、あえて不特定多数に晒させることができる
ブログのほうで、現場納めを兼ねましてエントリーしようかなと。
完全な独り言なので気持ち悪いと思ったり、勝手にしてろと思ったら
タブなりブラウザなりそっと閉じてあげてください。


率直に本題から入ると「引き際って何かね?」っていう事について。
今年のハロは振り返ったらそれだけで1エントリー書けるほどの
色々な事があった。特にメンバーの入れ替わりがモ・スにおいて
例年になく激しかった年。ざっとふりかえると


◎娘。は正月コンで9期4人+高橋愛の卒業が発表され9月末の
武道館を持って高橋が卒業。並行して行われていた10期オーデで
エッグからの昇格を含む4名が加入し11月に(公式上の)デビュー。

◎スマは6月初旬の新メンバー追加オーディションが行われた矢先
に、小川(紗)の突然の卒業、その後エッグからの昇格2名を含め
5名がサブメンバーとして加入。小数賀の離脱があって残りの4名が
いわゆる「2期メン」として正式に加入。すると今度は前田が
晦日をもって卒業を発表・・とアイドル戦国時代という名の1強
独裁体制を突っ走った試練の2年目だった。


◎上記とは対照的に、順調に幅広い仕事をこなしつつ、久しぶりの
コンサートツアーも行った真野ちゃんは比較的順風万帆の年に。
ツイッターでは心無い中傷に胸を痛め、鬱ツイートとも
いえるぼやきに走るなどアイドルらしからぬ人間性も垣間見えたり。


◎そしてメンバーの変動がないなかで、3年半ぶりの合同ツアー、
youtubeustream・ニコ生などへの進出、そしてももち無双と
ホラー映画無双・・頭打ち(※1名は違った意味で)の中で
もがき苦しんで新境地を見出そうとしつづけたベリキュー


◎いわゆる「モベキマス」に限らずハロプロエッグから研修修了生が
続出し、きっかとさぁやはソロデビュー、エッグ修了組がUUGを結成。
上記の”内部昇格”(譜久村・工藤・竹内・勝田)により大幅に
メンバーが入れ替わるも、未だ温存されつづけるカリンちゃんさん。


◎娘。卒業メンバーでドリームモーニング娘。が結成され行われた
春ツアー、そしてコーエーのパワーアップキットと揶揄された
秋ツアー。avexに移籍した後藤真希のラストライブに乱入したかと
思えば、FNS歌謡祭での新旧コラボが物議をかもし出すなど話題に
ある意味事欠かさない一年だったね キャハハ スゴイスゴーイ


◎そして何より、twitterを心底から楽しみ、構ってちゃん全開で
RTするなよ芸を披露しつつ画像を貼ってその反応を見て悦に浸る
新薬開発会社の方。本当に今年はいろんなことがありました。


その集結地点として生まれた「ハロー!プロジェクトモベキマス」の
CDリリース記念として11/23に盛大に行われたよみうりランド
イベントは、良くも悪くもハローの歴史に大きな爪痕を刻んだ。


そんな今年の感想として、「例年になく動きがあって楽しかった」と
言うものも多いだろう。しかしそれは一方で「動きがありすぎる
あまり醒めた」と取るものもいるはずだ。それは卒業したメンバーの
ヲタはもちろん、振り回されっぱなしのDDでも起こりうる考えだ。


前置きが果てしなく長くなったが、そんな者たちの脳裏に浮かぶのは
「ヲタ卒」(※ここでは狭義の意・ハロヲタを卒業すること)
という名の「引き際」だ。今年はこの引き際について多分に
考えさせられた年だった。


発端はいわゆる「ピンチケ」層に辟易したことで端を発した
スマ現場からの脱却。出戻るようにとんぼ返りしたベリの現場で
やはりマンネリを感じ、モ・マ・ベリキュと幅を広げてもどこかしら
フィットせず。そして阿鼻叫喚のよみうりランドイベが・・・


その傍らでメンバーの卒業に合わせて(結果として)潔く退いた様を
目の当たりにするなど、引き際とは何かを考えさせられることが
よくあったなあと述懐する。


さて、「やめるやめる、って言ってる奴に限ってやめない」
「本当にやめる奴は黙ってやめる」という個人的見解がある。
これは何もヲタに限らず、あらゆる事象にあてはまると思っている。

やめない理由には、やめないのではなく「やめられない」という
「依存症パターン」と、ただ構ってほしいから「やめる!やめる!」
と声高らかに耳目を集めたのち「やっぱやめへん」と矛をおさめる
山崎邦正パターン」がある。稀に本当にやめていく人もいるが
それはむしろ黙ってやめていく以上に意思の強い人でこれは例外。


これを自分の話に置き換えよう。
ごっちんの卒業のときはやめるしかない、と一度は思った。けど、
偶然ベリとの出会いがあって踏みとどまった。しかし、正確には
それは「次の居場所がハロの中で見つかった」だけのこと。これは
引き際が見出だせない意思の弱さとハロ全体の魅力が起因だろう。


いますぐどうのこうの、というわけではないというのは
ベリキュ名古屋の後にも述懐した。よみうりで心折れそうになったが
あのイベントは結果的に行ってよかったと思っている。それでも
ハロが好きなんだ、という意思の再確認になるにしても、或いは
あれが終わりの始まりだったと後に振り返ることになるにしても。


ただ、現時点で言えることは、なお高いモチベーションをもち続ける
ヲタたちと小さくない差があることは間違いなく、ある程度醒めた
者との意識の違いによる発言が、しまいにはネガキャンを生むことで
結果、軋轢を生み出すのなら、そうなる前に手を引くか、或いは
同じようなモチベーションを持った同士でひっそりと見守るか・・
このディレンマが引き際を考える要因を生み出したのではないかと
結論づけた。


長々と思いをつづってきたけど、端的にまとめてしまえば
人は人、自分は自分と割り切って来年は身の丈にあわせた活動を
していこう!と心ながらに誓ったことを文字にしただけでした